潰瘍性大腸炎サイト

◆三重医大入院記 MENU◆

三重医大 北8F消化管外科 西側窓からの朝景

2007/1/1

Monday〜

静かな朝やね。病室にいる患者さんも自宅に帰って少ないし看護師さんも少ない。窓から外を眺めていると、一瞬病人という事を忘れそうになる。

そうそう、山屋さんは元気になって年末に帰りました。何年かぶりにゆっくりとした正月を子供達と過ごせそうで本当に良かったと言ってましたね。調子が悪かった頃は、奥さんが側に付きっきりで世話をしていて、その奥さんも難病を抱えている身なので大変そうでした。

お昼くらいだったかな、僕を呼ぶ声がして、返事をしながら振り返ると、函館にいるはずの兄がいてビックリしました。しかも車で来たという事で、なおおビックリしました。以前、母が正月にこっちへ行こうか?と言ってきてましたが、遠いし金掛かるし、母も元気な方じゃないし、家を空けさせたくない事情もあるし、体も何とかなとかなってるし、だから大丈夫だと断ってました。兄を行かせようかとも言ってましたが、同じく面倒を掛けるのが嫌だったので断りました。それがここに居るんだから、しかも元旦に。2日間居てくれて、その間、暇つぶしのテレビ代が高いのでワンセグが見られる携帯を買ってきたもらったりと、色々してくれてホント助かりました。

お向かいにいた付き添いの奥さんも優しい方で、何か買ってきてもらいたい物とかあったら遠慮しないで言ってねと、言ってはくれるが、実際面倒な事は頼めない。

ようやく4日になり専門の先生が出てきて、腸腰筋の所から膿を抜く事ができた。それまでは毎日39度以上の熱が出るし、右足の痛みが強くなってまともに歩けなくなった。この右足というのが、腹部膿瘍を発症してからなぜか右太腿を上げるとその付け根が痛くて上げられなかった。最初はなぜか全く分からなかったが、腸腰筋に膿が溜まっていた為だった。この膿が、ちゃんと抜けるようになると、熱は全く出なくなるようになるし、右足も徐々に良くなっていった。  もうこれ以上膿はないよな…

ドレナージがようやく抜ける頃、またか、しつこいなと思われるかも知れないが、また、また具合が悪くなってしまいました。前の病室で一緒だった患者さんが、ちょうど見舞いに来てくれたんだけど、調子が悪いからと言うと、「なにっ、どうしたの、どっかいたいの?どういう感じなの?いつから?この管は何?」と、色々質問してくる。答える気力がなく、首を小さく横に振るのが精一杯で、それを見て答えるのもしんどいと察してくれればいいのに、ますます色々聞いてくるので、聞いてこられるだけでしんどさが増してきて倒れそうになった。

お昼から、別な症状が現れる。下あごが右に行ったり左に行ったりする。次の日には、朝から寒気がする。熱を測っても平熱だ。午後から寒気が異常に強くなり体がブルブルガタガタ震えるが、やっぱり平熱だ。ここで、きっと脱水症状なんじゃないかと気が付いたので、採決をして調べてもらったら、やはり脱水だったので点滴をする事になった。

脱水は徐々に良くなっていくが、勝手に下あごが右に左に行く、もの凄い力で。しかも、舌まで出てくる。さらに次の日の朝方には、腹筋にも勝手に力が入るようになっていた。そのうち全身に力が全力で入って硬直してしまうようになった。もちろん自分の意志ではなく勝手に。

もう、目一杯これでもかっていうくらいの力が入るので、すぐに疲れて筋肉が痛くなってくるが、それでも硬直が解けず力が入り続け、非常に相当に泣きそうになるくらい辛い。首は勝手に捻るし、目は見開いちゃうし、硬直した体でなんとかナースコールを押して看護師さんを呼ぶと、慌てた様子で、「どうしたの?何かしたいの?どうなってんの?どうしたいの?」と言われちゃうし、そう言われても既に喋る事が出来なくなってるし、横になってもダメでどうしたらいいか分からない。

こんな形で固まっちゃうの図

こんな顔して首が捻って固まっちゃうの図

苦しいの何のって汗だくで、精神科の先生や脳神経内科の先生も来たりした。どうもこの症状は錐体外路症状(すいたいがいろしょうじょう)と言うもののようで、附随運動が起きている状態だ。

脱水になった時に、吐き気が非常に激しくなったので、吐き気止めをバンバン使っていたのが原因のようだ。後、体質的にも起こしやすいようだ。それと、脱水時という血液濃度が濃い時に、沢山使ったのも原因の一つなんじゃないかと思う。薬の濃度も上がってしまうから。今は錐体外路症状を起こす危険のある薬は止めて、様子を見るしかない。

いつまでこのままなんだろう…

でもなんとか寝る時間には少し症状が和らいだ。夜中には立てるようになった。次の日には歩けるようになり、口元はまだ覚束無いが喋られるようにもなった。取り敢えず一安心。ベッドに座って居るとなぜか落ち着かない気分になって、病室とロビーを何度も往復した。それも次の日には無くなり、ほぼ回復する事が出来て本当に良かった。本当にビックリした。看護師さんも驚きまくっていたからな。でも中には上手な看護婦さんも居て「はい力抜いてー、はい首はこっちー」と言って、頭を持ってグイッと正面に向けたりしてくれて、その看護師さんが来ると、とても安心したのを覚えている。

この錐体外路症状の顎が勝手に左右へ動く症状のせいで、奥歯が欠けてしまいました。それぐらい強力な力でした。

そんなこんなで色々あった1月でした。

2007/2/13

Tuesday

ようやく退院ですわ。

だけど自宅についてその夜また調子悪くなって次の日脱水で地元の病院へ入院しました。

しかし三重医大の消化管外科は潰瘍性大腸炎、クローン病の患者さんが多い病院でした。専門だから当たり前なんだけど、それだけ救われている人が多いという事ですね。

山屋さん初めホント色んな方に会いましたね。タッパがあってガタイもメチャメチャ良くて、体力が命という仕事をしている方が、内科時代43kgまで落ちたという話は驚きました。

癌化しちゃってる方も居ましたし、なかなか瘻孔が治らなく5回異常もストマを出し入れしてる方も居ました。

難病を2つも3つも持っている方も居ました。

とても声を掛けられそうにないくらい辛そうにしてたのが、手術後別人かと思えるくらい元気になった人は結構居ました。

次はメインのオペなのでリスクが高いですが、ここでするなら全く心配ないんじゃないでしょうか、きっと、多分…    絶対。

<<戻る    次へ>>

当サイト内の画像・文面等を無断で使用転載することを禁止します。

潰瘍性大腸炎の皆さんへ 回腸嚢炎(ポーチ炎) 管理人

 
広告 [PR]  再就職支援 冷え対策 わけあり商品 無料レンタルサーバー