潰瘍性大腸炎サイト

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OH MY GOD! なんてこった パンナコッタ はっけよいのこった サルベージオペ2期目終了

2007/6/4

Monday

入院。

2007/6/7

Thursday

オペ前日。これといった検査はしなく、肺機能と心電図だけ。前回の入院の時にある程度調べているし、もう十分前回のオペから時間が経っているので、これ以上待っても大して患部が良くなる見込みもないだろうとの事からだった。

兄が病院へ到着して、兄と2人で主治医から今回の手術について説明を受けた。基本的には前回の時とあまり変わりはないが、Jポーチの再建の可能性や、やはり腸が肛門まで届かない等の理由で、永久ストマになる可能性の事などを強調された。例えば、手術は実際にお腹を開けてみない事には分からないので、Jポーチが小さかったり、直腸との吻合部分のJポーチ側をいくらか切除しなければならないので、その切除部分が多かったりした場合はJポーチを再建しなければならないとかだ。腸が届かないケースは、前の手術の時に調べてあって大丈夫だと医師が確信していたのでこれは問題ないだろう。だが、手術が終わるまで永久ストマの不安はどうしてもつきまとってしまう。

説明が終わった後、泌尿器外来に呼ばれた。んん?なぜ?取り敢えず行ってみた。そしたら泌尿器の先生に、「今回の手術では尿管を傷つける恐れがある為、尿管にステント(管)を入れてますので」という説明だった。これを聞いてやっぱり今回の手術はリスクが高いんだなと改めて思わされた。

術後は水よりも味のあるジュースが飲みたくなるので、ジュースOKが出たらすぐ飲めるように、小岩井の純水みかんを2本買って冷蔵庫に入れておいた。これで辛い状態の時に、わざわざ「財布があそこにあって、小岩井の純水みかんを2本買ってきて欲しい」という説明や買いに行ってもらう手間が省け、すぐに飲める。

2007/6/8

Friday

オペ当日。9:00 10分前、車椅子で手術室へ向かう。硬膜外麻酔を入れられ、「眠くなる薬を入れますから」と言われ、どれくらいで眠くなるのかなと思っていたら、次の瞬間「はい終わりましたよー」と言う声が聞こえた。いつもながら本当に一瞬だよなと思う。兄から、手術室から出てきたのは18時頃だと後から聞かされ、その一瞬は約9時間経っていたらしい。楠教授と三木准教授ももちろん執刀してくれた。先に終わって出てきた楠教授が兄に、「実際開けたら癒着、固着相当酷かった。けど、綺麗に取れた(不良肉芽などの不良組織)」と、非常にニコニコとした表情で話したそうです。その表情から本当に上手くいったんだなと、読み取れたそうです。主治医の先生方は、「やっぱり教授達は凄い!丁寧でかつ早い。僕達だけ(IBDチーム)だけでは、まだ時間がかかった」と兄に言っていたそうです。

そしてこれが一旦取り出したJポーチです↓見たくない方はボタンを押さず通りすぎて下さい。

一旦取り出したJポーチ

切除した瘻孔開口部

瘻孔部分は特に組織がガチガチに堅くなってくっついていたそうです。

手術が終わり目が覚めた瞬間、メチャクチャガッツリすんげぇなおかつ息がまともに吸えないくらいお腹が痛い!そしたら無い無い騒動が始まった。オペ師の人たちが何やら無い無い騒いでいる。「ちょっと動かしますよ」と言われて、仰向きから少し横向きにされて、その少し空いた背中の空間に手を入れ何かを探し始め無い無いと言っている。今度は反対側へ横向きにされ同じく背中の空間に手を入れ、探しながら無い無いと言っている。きっと使った手術器具等を終わった後、あるかどうかチェックしていて、何かがなかったんだろう。その時、頭をよぎったのはお腹の中にガーゼや手術器具を置き忘れた事件だった。数年前、医療事故として、よくニュースに取り上げられていたっけ。まあ最後にレントゲンを撮っているので、万が一忘れていたら気付くだろう。

今回の手術では出血が多かったようで、リカバリー室へ戻っても血圧が70代(最高値)までしか上がらなかった。1パックか2パック輸血をしたがあまり変わらない。それから今度は血液の嵩を増やす為に水分を多く点滴された。それでもなかなか上昇しない。その血圧が低い為になかなか痛み止めを打ってもらえず非常に苦しんだ。硬膜外麻酔も効いているのか分からない。次の日になっても80代までしか上がらず、やはりなかなか痛み止めを打ってもらえなかった。やっと打ってもらった痛み止めも2時間程で効かなくなってしまい次ぎに打ってもらえる4時間後まで非常に辛い事になる。この時は1時間がもの凄く長く、次ぎに痛み止めを打ってもらえるまであと30分位だろうと看護師さんに「あと30分?」と聞くと、「まだ3時間あるよ」言われ、「まだ1時間しか経ってなかったの!」と何度ガックリした事か。痛み止めは“ペンタジン・ロピオン・硬膜外麻酔”の3種類で、一番くのはペンタジンだ。一応その4時間の間に、ロピオンや硬膜外麻酔を入れるが、効いているのか全く分からない。とにかく頼みの綱はペンタジンしかいない。ペンタジンを入れると1・2時間眠れるので非常に助かる薬だ。

2007/6/9

Saturday

術後2日目。この日もとにかく痛くて、その痛みを耐えるのみ。術前は2日目からガンガン歩こうと思っていたが、そく諦めた。兄が来たが、出来る事は何もないと悟るや否や、早めに帰った。かえって居てもらうと、こっちが気を遣う事があるのでその方が良かった。寝ているのが辛く、どうしても起きあがりたくなったので、何回か体を起こした。胃管チューブが抜け、水OKが出た。

2007/6/10

Sunday

術後3日目。今日は大分楽だぞ!まあまあ歩けたし、まずまずなんじゃないか?

今日は鈴鹿サーキットでロードレース(バイク)の300km耐久レースが行われるので、それを観戦しに行っている。わざわざ忙しいのに来てもらってるのだから、これくらいの楽しみがないと三重に来た意味がないでしょ。自分も行きたかったけど、それはしゃあない。腹部のドレナージを抜く事になった。もう少し入れて置いてもらえますかと言ったが、そこから感染する可能性があるから、抜いた方がいいよと言われ、抜く事にした。

ジュースOKが出た。早速飲んだ。術後の一杯はウマイ!

2007/6/11

Monday

術後4日目。さらに今日は良いぞ!!前の手術では4日目の朝方にトラブルが発生したので、今は既にその時間が過ぎていて、ひとまず「ほっ」。でも、何があるか分からないので安心できない。

去年同じ時期に入院していた赤岩さん(仮名)が来てくれた。赤岩さんは先月ストマクローズして調子は、まあまあだそうです。その赤岩さんが術後傷が痛くて動けない時に、遠くにあるティッシュ等のちょっとした物を取る為に使っていた、マジックハンドを持ってきてくれた。「使うかい?あげるよ」と言われたが、既に動けているので、使わないからいらないかなと思ったけど、誰か別な人が手術した時にあげられると思ったので、もらう事にした。赤岩さんは、術後何日目かにクローズした所の腸を繋いでおく為の、ホチキスか何かが取れてしまったようで、お尻から大出血してしまい、フラフラになってしまったと話していた。幸い、再手術までには至らなかったという事だった。

午後から個室へ移った。今日は調子が良いからガンガン歩くぞっ!まず、月曜で少年ジャンプの発売日だから、売店へGO!エレベーターが来て乗り込もうと思ったら、名前を呼ばれ、辺りをパッと見回しても知っている人は居なかった。次の瞬間、いつの間にか女の人が近くにいて、その人の顔を見てようやく気が付いた。その人も同じ時期に入院していた板元さん(仮名)だった。板元さんはストマクローズ後、ガッツリ調子が良く、クローズ2週間目で覚醒時はもちろん、睡眠時もほとんど漏れがないとの事です。発病してから2ヶ月でオペをする決断をしたそうです。このスピード決断が良かったんでしょうかね?あまり長い期間ステロイドも使っていないだろうし、三重医大に来た時は相当辛そうで、声も掛けられませんでしたから。それがすっかり見違えちゃって。違う病院に入院していた時はCCJAPANを読みあさって勉強し、L-CAPをする前に決断したそうです。その時の内科の主治医も、患者がオペを決断したら、すぐに三重医大に掛け合ってくれたそうです。

赤岩さんが診察を終え、また来てくれてその時にマジックハンドを持ってきてくれました。結構長い事3人で喋ってましたね。お腹の傷の痛みも忘れてました。

マジックハンド

※手形タイプは使えません

2007/6/12

Tuesday

術後5日目。さらに調子が良い!と、思ったら、大して変わっていない。むしろ昨日よりお腹が痛い気がする。多分昨日動きすぎたせいだろう。今日も同じ時期に入院していた患者さんが、お見舞いに来てくれた。

2007/6/13

Wednesday

術後6日目。今日もやはり機能に比べて変わりない。減っても良いはずの痛み止めを打つ回数が減らない。術後6日目ってもっと体調が良かった筈だったけどなあ?先生に一応話してみたが「元気そうに見えるよ」と言ったので、「そんなもんかあ、普通の手術とは違った訳だからそんなに簡単には良くならないか」と思った。

2007/6/14

Thursday

術後7日目。朝方、何が切っ掛けだったか忘れてしまったが、その切っ掛けで確実に腹の中で異変が起きていると確信した。結構お腹が痛い。それとは別に異変があって、2日前からオシッコの出具合がおかしく、尿意を覚える時はいつもいきなりMAX状態だ。慌ててトイレへ行って出すが、量は200ccしかでない。一応すっきり感はある。先生はこの事を「骨盤底をいじっているから神経が少し麻痺していて全部出切らないのかもね。でも良くある事だからいずれ良くなるよ。一応カテーテル入れる?」と言われたので、断固拒否した。あの尿道に管を入れる痛みと恐怖は、胃カメラや大腸カメラ以上だ。男ならきっと分かると思う。

朝ご飯を食べた後、パウチが漏れていたので交換してもらってから便が全く出なくなった。先生に言うと、ストマの近くで詰まっているかも知れないから、ストマから管を入れて吸引してみると言い、やってみたが便は引けてこない。エコーでもお腹を調べてみたら、お腹に水が溜まっていた。「今回の手術では少しくらい水が溜まるのは当然だよ、水も汚くないから時期に吸収されて無くなるから大丈夫!」と先生は言った。痛み等それが原因なのか?

夕方には便が出るようになっていたが、お腹の痛みや張りは相変わらずだった。

そうそう、この日はJポーチの造影検査で、何も漏れとかなく問題なかったのでマレコ(肛門に入っている管)を抜いた。

2007/6/15

Friday

術後8日目。相当腹がメチャクチャすんげぇ痛い!とにかく痛い!!CTを取る事になった。オシッコがしたかったが、後でいいやと先にCTを済ませ、戻ってきてすぐした。結果、お腹がオシッコでパンパンだという。そりゃあする前だったから当たり前じゃないのか。お腹が痛いのはこのせいなのか?前立腺肥大でオシッコが出なくなると非常に痛くて救急車で運ばれて来る人もいるという。結局それのせいで導尿カテーテルを入れられる事になってしまった。入れられるこの恐怖は逃げ出したくなる程だ。でもこの苦しみから助かるのは入れるしかないと相当覚悟した。やっぱり無茶苦茶痛い!入れ終わったらさっき出し切ったはずのオシッコが200cc位出た。じゃあこれで楽になと思ったが、大してお腹は楽にならない。どうもチンポに管が入っている感覚は凄く嫌なものだ。でも次ぎに日には抜いてくれるという事だった。

2007/6/16

Saturday

術後9日目。今日も痛い!さらに痛みが増している。昼前にカテーテルを抜いてもらってスッキリしたが、痛みは変わらずとにかく痛み止め三昧。あとマレコを抜いてから肛門から血の混じった粘液が漏れて漏れてしょうがなく、オムツがいくらあっても足りない状態に。それからお腹の傷のホチキスを取ると、もう完全に閉じているはずが、膿んで結構深くぱっくり開いて、1部は筋膜の所まで掘れている。ステロイドも使ってなかったのになぜ?どう見ても順調じゃない。

ぱっくり開いた傷口

2007/6/17

Sunday

術後10日目。とにかく痛みに耐える。でも腹水は減ってきているとの事。良くなってきているのか?

2007/6/18

Monday

術後11日目。ここ何日か熱が出始めていた。今日の採血の結果、CRPが上がっていた。どうも腹水がずっとシプロキサンを使っていたにもかかわらず感染を起こしてしまったようだ。痛みはこれが原因か?また腹部にドレナージ(膿を抜く管)を入れる事になった。ドレナージを入れる処置が終え病室へ戻ってきた。何か楽になったような変わらないような、よく分からない。とにかくこれで楽になっていくんだろうなと思っていた。

それからパウチがやたら外れやすく便が漏れてきて参る。傷が塞がっておらずちゃんとしたパウチが貼れないのでしょうがない。その日の夜もパウチが漏れて交換してもらう事に。その交換時に傷口からの腹水がやたら出てくる事に看護師さんが気付き、当直の先生を呼んできた。先生はガーゼに染みこんだ腹水の臭いを嗅いでみたが、う〜んという顔をしている。そして腹水の色をやオシッコがちゃんと出ているか聞いてきたりしたが、オシッコはちゃんと出ているし色は多分無色だと思う。先生は多分問題はないんじゃないかと帰って行った。看護師さんは傷口にもパウチを貼る事にして、お腹にはパウチが2つになった。

2007/6/19

Tuesday

術後12日目。昼頃か晩か、しばらく横になったままだったので立ってみると、ズンッ、と傷が下に引っ張られる感じがする。慌てて手を当ててみると傷口のパウチがもの凄い腹水の量でパンパンになっていて、今にもその重みでパウチが外れそうになっている。トイレまで歩いているうちに外れると思ったので、看護師さんを呼んで対処してもらった。その腹水の量を計ったらなんと、600cc以上出ていた。この事が担当の先生に伝わると何かおかしいと感じたらしい。

2007/6/20

Wednesday

術後13日目。どうも傷口から出ている腹水は、尿かも知れないと疑いがかかった。無色だと思っていた色もパウチで溜めて見ると黄色がかっていて、そうなのかもと不安が募る。尿かどうか調べる事になり、青い試薬を点滴で流す。その試薬は体に吸収されず尿として出てしまい、その時の尿は青くなる。もしこれで腹水が青くなったら尿だという事が確定してしまう。「頼む、そんな事にはならないでくれ!」と祈った。

数時間後、横になっていた体を少し起こし傷口のパウチを確認してみると、青い物は出ていないようだ。ちょっとホッとして立ってみるとパウチの中に青い液体がチョロッと出てしまった!その色を見た瞬間、自分もサーツと青ざめた。オーマイガ───ッッ!!!!!!!!!!!!!!!!!もう車で事故った時と同じくらいショック、それ以上かも知れない。この事実を受け止めたくはないが、仕方ないので看護師さんを呼んだら、その看護師さんも、あちゃーっという顔をしている。これから一体どんな治療が待っているんだ?どんな事をされるんだ?そっちの恐怖が先に立つ。再開腹?それならまだいい。尿道にカメラ等入れられる検査や治療なら絶対したくない!

ブルーになっていたら泌尿器外科外来に呼ばれた。泌尿器の先生から検査や治療に関して説明を受ける時いきなり、「尿道からファイバースコープ(カメラ)を入れまして」、がーん、初っぱなからカメラを入れる説明かい!でもまあそう来ると思ってたよ。そのカメラで膀胱を検査して尿管には造影剤を流して漏れがないか調べる。もし尿管に漏れが見つかった場合は膀胱よりやっかいだと先生は言う。膀胱に漏れがあった場合は膀胱まで、尿管だったら尿管まで管入れて暫く管を留置しますと言われた。管を入れる事によって膀胱を減圧してペチャンコにし、孔からオシッコが漏れないようにして自然治癒を待ちますと説明を受けた。暫く管を留置ってどの位ですかと聞いたら、最低1ヶ月は入れておかなければならないと言われ、さらに1ヶ月も管を入れっぱなしにしなければならないのかと、またショックを受ける。さらに先生は2ヶ月も3ヶ月も入れなければならい人もいると続け、ガックリきた。またまたさらに、尿管に管を入れる際、尿管に穴が開いている所で断裂するかも知れないと、駄目押しで恐怖を煽ってきた。そしたら、これからすぐに検査を始めるという、「何ーっ、まだ心の準備も出来ていないのにー!」。麻酔はあるのかと聞いたら、しないと言われたが麻酔無しでは絶対したくないとお願いして、麻酔をして行う事にしてもらった。ただそれだと今から出来ないので、明日になっても良いかいと言われ、取り敢えず緊急性はないという事だったのでもちろんOKした。

2007/6/21

Thursday

術後14日目。14:30、泌尿器に呼ばれ透視室に入った。麻酔をしてもらう事になっているので恐怖心はなく非常に落ち着いている。麻酔は仙骨からの硬膜外麻酔で意識はある事になる。ドルニカムとかで眠らせてくれるともっと楽なのだが。

麻酔を打ち終わり効き出すまで待つ。5分くらい経った所で効きを確かめるのに酒精綿を肩に付ける。そうすると冷たく、今度は太腿に付けるとこれも冷たい。そしてチンポに付けると…      冷たい。    あれ?もう少し待つ事になった。もう暫く経って、また肩、太腿、最後にチンポへ付けると、まだ冷たい。でも少し鈍い感じがする。でも全然冷たい感覚もさわられている感覚もあるので、もう少し待つのかと思ったら、そのまま始める事になってしまった。「ちょっちょっと待って」といっているうちにチンポの先っぽにグサッという感覚がー。「うわーなんだーいでででーー麻酔の意味ねーじゃーん、ストップーストップー」とわめいていると、先生が「もうかなり入ってっているよ、痛くなでしょ」と言ってきた。んな訳ねーじゃんと思ったが、ゆっくり気持ちを落ち着けてみると、思ったより痛くない、つうか痛くない。あれ?麻酔効いてるの?麻酔っていうからてっきり完全に感覚がなくなるもんだと思っていたよ、あー焦ったー。でも、入っていく感覚などがあるので少し怖い。

まず膀胱に入ったカメラの映像を見てすぐに先生が、「これだなあ」と言い、もう1人の先生も「これですね」といった。それから少し膀胱を見回して尿管に造影剤を入れて映像を見てみると、尿管の方は大丈夫のようだ。ひとまず尿管は問題なかったので不幸中の幸いてな感じでしょうか。しかし手術前に、泌尿器から尿管を傷つけてしまう可能性があると言われていたので尿管かも知れないと思っていたが、まさか膀胱に穴が開いているとは全く予想だにしなかった。

しかし、ここまでこう手術した後は予想していなかった事が予想通り起きてしまうなんて、いったい何なんだろう。そういえば、リカバリー室から個室へ移った時、巡回しに来た看護師さんに、テーブルから鏡を落として割られてしまった。別に形ある物は壊れる運命にあるから大して気にはしないが、拾い上げてみたら端っこが割れたり欠けたりしたんじゃなくて、綺麗に対角線上を通って真ん中から割れていたのを見て、潔さと同時に縁起の悪さを感じたっけ。あれはこうなる事を訴えていたのか?でも今までそういった縁起の悪い事がなくてもトラブルが起きていたから関係ないか。この事を板元さんに話したら、「もしかしたら身代わりになってくれたのかもよ。それがなかったらもっと酷い事になってたかも」と言った。彼女は超前向きでさっぱりした考えの持ち主だ。もし永久ストマになってもそれは運命だと受け入れるよと言う。彼女なら本当に受け入れそうな感じだ。

まあ、もしかしたら今回の手術で最悪の場合、永久ストマもあり得た訳だからそれを考えたら膀胱に穴が開いただけ、いずれ治るしそれくらいですんで良かったのかも。それから一番懸念していた泌尿器や生殖器の神経へのダメージもなさそうだし、何より手術の本来の目的は教授達のおかげで果たせているのだから良かったんだわ。

カテーテルを入れてからは腹水は出なくなり、ぱっくり開いていた傷も肉が段々盛り上がってきた。ドレナージからも膿があまり出なくなり順調のようだ。ただやっぱりチンポは少しは慣れたが、ちょっと動いた瞬間痛かったりするので完全には慣れないので、この部分だけはいつもブルーで、冷蔵庫にしまっておいたデザートが誰かに食べられてなかったくらいテンションが下がる。

2007/6/28

Thursday

それから1週間、オシッコが漏れていた傷は半分くらいの高さまで肉が盛り上がってきていて、腹部の膿もほとんどでなくなってきていた。泌尿器の先生が病室まで診察にきた。その時先生に「来週検査して良くなっていたらカテーテルを抜くんですよね」聞いたら、「いや抜かないよ、前も言ったけど最低1ヶ月は入れておかなきゃいけないから」と言われた。でも確か前の検査の時に、2週間後に診るからと言われていたはずだったのに?その事を先生に言うと、「あれは検査するんじゃなくて、カテーテルを入れかえるという事だよ」と言われた。そうだったのか?どうもあまりに早く抜いてもらいたかった為に勘違いしていたみたいだ。しかし入れ替えるという事は、またあの痛みを食らわなきゃならない。今からテンションが下がる。

2007/7/4

Sunday

カテーテルを入れ替える日が来てしまった。今日は朝からその事で頭がいっぱいだ。入院患者は外来の患者が終わってから呼ばれるので、大体午後になる。看護師さんに今日は何時くらいに呼ばれるのと尋ねたら、「14:30に予約がはいっていますね」と言われ、その時間が近づくにつれ、どんどん恐怖心が高まってくる。とにかく痛みになれ耐えられるよう、頭の中で入れられた時の痛みを何度も思い浮かべ、自然にイメージトレーニングをしていた。時間が近づいてくると、病室の近くを通る看護師さんの足音が、メッチャ気になる。特に廊下側のベッドなので良く聞こえ、その足音が病室へ入ってきた瞬間の心拍数は最大になる。でも通りすぎていってホッとしたりと忙しい。どんどん時間は近づき、いつ呼ばれてもおかしくない時間まで来きて、もう早く呼んで欲しい気持ちになっていると、いきなりその泌尿器の先生が現れた。んん?なぜ?少し戸惑う。先生はお腹の調子などを聞いたりしてこういった、「どう、カテーテル入れ替えたくないでしょ」と言ったので、もちろんできれば入れ替えられたくないですと答えた。と言ったら、「分かりました。もう少し延ばします。2週間後の検査時まで待ちます。検査して問題がなかったら抜くだけなので、入れ替えられなくてすむでしょ」と言った。もう先生の事が好きになりそうなくらい喜んだ。「それじゃあ2週間後ね」と言って去っていくその姿はガッツリカッコいい、あなたは一体何者?

気持ちは落ち着き、2週間後を待つのみだ。

2007/7/18

Wednesday

膀胱検査の日だ。膀胱に造影剤をパンパンに尿意がMAXになるまで入れた。問題がなくカテーテルを抜いた。最後に造影剤をオシッコとして出している所も撮るという。出せない人もいるらしいが、問題なく出せ、異常はなく、晴れて膀胱は完治した。いやー嬉しくてスキップしちゃった。腹部のドレナージも既に抜けていたし、体に管が入ってないって本当に楽だね。でも暫くカテーテルを入れていたので軽く膀胱炎や尿道炎を起こしているから、痛みなどあるからと言われていた。オシッコをすると痛みや出血があり、晩には尿道がメチャクチャ痛くなった。あまりの痛さにペンタジンを使わせてもらった。これはきっと明日いっぱいまで続きそうだと思っていたら、夜中には嘘のように痛みは消えていた。

2007/7/22

Sunday

日曜の朝、朝ご飯が来るまで1階のロビーでジュースを飲みながらテレビを見てた。ご飯を食べ眠くなってしまったので寝ていると、看護師さんに呼び起こされ、何、と尋ねると、「財布忘れませんでした?守衛室から連絡がありましたよ」と言われ、あっそういえばそうだ、と気が付き、財布にはキャッシュカードやら免許証やら現金は4千円程だったが焦った。財布を忘れてしまうなんて、なんたる失態、まずあり得ない事をしてしまった。普段はウォレットチェーンをしてるし、必ずケツポケットに入れているので、忘れるなんてあり得ない。でも今回は病院のパジャマでポケットがなく、手に持って歩いていて、ジュースを買ってロビーで飲みながらテレビを見る際、財布がじゃまだったので、椅子と腰の間に置いて見ていて、病室へ帰る時にはすっかり財布の存在を忘れてしまっていた。実はこの何日か前にも同じ事をやってしまっていて、その時は30歩目くらいに気が付いたのですぐ戻れた。でも今回は完全に忘れていた。眠気も完全に吹っ飛び、慌てて守衛室へ行った。あった。中身も全部。見つけてくれた人は、「お礼とかはいいですよ」と置いていってくれたらしい。いい人で良かったー、もしオレみたいな奴に見つけられ…イヤイヤ、ちゃんと届けますよ。それから守衛室で対応してくれた人が同じ函館生まれというオチ付き。こんな事もあるんだね。

それからお腹の傷だが、すっかり肉は盛り上がってきて、スキンレベルまで達しているが、不良肉芽が皮膚より盛り上がってきてしまっていて、皮が張れないでいる。こういう場合はその不良肉芽を削ぎ落としてやらねばならない。前のオペの時も、腹部に入れたドレナージの孔がそうなってしまっていて、削ぎ落とすと周りから皮が張ってくるが、皮が張り切る前にまた不良肉芽が盛り上がって、またそれを削ぎ落としてを何回かくり返して、ようやく皮が張り切った。不良肉芽は神経が通っていないので、麻酔無しで切っても痛くないらしいと言われていたが、前の時は不良肉芽をガリガリッとやられると痛かったので、必ず麻酔をしていた。今回パウチ交換の時に主治医が傷を見に来た。そしたら傷を見て削ぎ落とそうかと言っておもむろにハサミを取り出した。先生麻酔はと聞くと「痛くないから大丈夫、大丈夫、大丈夫だって」と大丈夫を何度も言った時、ハサミを持ちながらニヤッと笑ったので非常に怖かった。後で主治医にあの時は怖かったって言ったら笑っていた。目をつむって硬直しながら削がれるのを我慢していたら痛くなかった。でも麻酔も無しで直に肉を切られるのは気持ちがいいもんじゃない。非常に恐怖感がある。

2007/7/27

Friday

肛門の内圧を測ってもらう事になった。通常内圧は20〜30あればいいとその時回腸嚢炎で入院していた患者さんに教えてもらった。測ってみたら15しかなかったが、術後だからこんなもんだよと先生は言った。術後2ヶ月近く経った今でも粘液が姿勢を変えた瞬間にちょろっと漏れてくる事がある。しかもその粘液には今だに血が混じっている。この事を主治医に言うと、「その血はなくなる事もあるが、なくならない場合もあるよ。ストマを閉じた後も便に血が混じっている事があるから」と言ったので、そんなもんなんだなと思った。

2007/7/30

Monday

今日は退院の日だ。朝6時から帰り支度を始めた。まだ寝ていた人にはガサゴソとうるさくてゴメン。昨日夕方傷の方を確認してみると、ほとんど閉じかかっているが、2ミリか1ミリ程まだ皮が張っていなく不良肉芽が盛り上がっていた。9時30分には病院を出るので、朝、不良肉芽を削いでもらった。ようやく帰れるよ。

今回も色々あったな。赤岩さんにはマジックハンドと2回目のお見舞いの時にはういろう頂いちゃったし、ういろう大好きなんだよね、函館にはないし。しかもその時、無性にマックが食いたくてその事を話したら、わざわざ買ってきてくれて(お金はもちろん払いましたよ)ホントありがとうございます。満足してよく眠れました。

病室が同じだった先廣(仮名)さんにはゆかり(えびせん、これもエビの味が濃くて美味い)頂くし、同じ病人だったから気を遣わなくていいですよ、来てくれるだけでいいですからと言っても持ってきて下さって、いつ貰ってばかりですみません。

そうそう、縦川さん(仮名)には白刀豆茶(なだまめちゃ)も頂いたし、手作りパンも美味いですし(誰かさんの為のついでに頂いた)、ホント貰ってばっかりでなんてお礼したらいいのやら。

板元さんには長い時間話に付き合ってくれるから時間を忘れられて良い暇つぶしになりました。

海基さん(仮名)の2回もオムツを買ってきて頂きました(売店ではいつも使っていたヤツがなくて)。息子さんにもNEWTONを買ってきて貰っちゃったりして、外出できなかったので助かりました。

先生や看護師さん以外にも、色んな方から良くしてもらって、心からお礼申し上げます。ありがとうございます。

そして何より、今回執刀して下さった楠教授や三木准教授そしてIBDチームの先生方、本当にありがとうございました。

残るはあと1回ストマを閉じるのみです。次こそはノートラブルで退院したいもんです。それまで骨盤底筋訓練を頑張って肛門括約筋を鍛えておきます。

青柳ういろうリリーフオムツなたまめ茶
プチシリーズ海鮮カレー揚げサツマイモアイスラコールフレーバーシリーズ

間食ばっかしてました(いっぺんにご飯を食べられないもんで)。おかげで入院当時と退院の時と体重が54kgと同じでした(でも筋肉は相当減っている)。

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潰瘍性大腸炎の皆さんへ 回腸嚢炎(ポーチ炎) 管理人

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