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回腸嚢炎とは

回腸嚢炎とは潰瘍性大腸炎の手術で作成するJポーチ(回腸末端部で作る便を溜める嚢)に発症する炎症で、術後の合併症です。発症率は欧米で5割に近いというデータが出ているそうで、日本では約10%とされていますが実際はもう少し多いと考えられています。もちろん国や病院や医師の診断基準で異なってきます。晩期合併症ですので術後数年経ってから発症するのが普通らしいですが、早ければ2年以内、もっと早ければストマ(人工肛門)を閉じた1ヶ月以内に発症するケースも少なくないようです。

回腸嚢粘膜に炎症を起こし潰瘍ができ、下腹部不快感・頻便・水溶性便・粘血便・発熱・痛み・出血・等があり、症状は潰瘍性大腸炎と酷似しています。

回腸嚢炎は大きく以下の2つのケースに分けられます。

@ 1次的回腸嚢炎

原因不明タイプ。だが抗生物質で治りやすく、その後再燃しにくい。

A 2次的回腸嚢炎

原因存在タイプ。骨盤内感染(骨盤内膿瘍・瘻孔等)で原因を取り除かない限り再燃をくり返しやすい。治療しても効果が出にくい場合も。

◆骨盤内膿瘍(管理人のケース)

回腸嚢炎にも様々なケースがあると思いますが、ここでは管理人の回腸嚢炎のケース、

2次的回腸嚢炎の骨盤内膿瘍(こつばんないのうよう)の説明をしたいと思います。

まず下の図をご覧下さい。

これは正常な図です。

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どうして瘻孔や膿瘍腔が発見できたかというと、それは造影検査で分かりました。

実はこの瘻孔、もう5年も前に地元の病院で発見されていたんですが、これが原因だとは分からず自分はもちろん医師までも見過ごしていました。三重医大の消化管外科ではすぐこれが原因だと分かりました。経験やデータが豊富な専門の病院は違いますね。

入院していた時、僕とほとんど同じ状態の患者さんがサルベージオペを終え、3期目のストマクローズをしに同室へ入院されて来ました。その患者さんは僕よりも瘻孔の孔が大きく、3〜5cmも空いていたそうです。しかも直腸が5cm残っていたそうなんですが、医師曰くサルベージオペはやりやすかったそうです。

その方から頂いた2期目の術中、術後のJポーチと残存直腸の写真を載せておきます。生の腸ですので見たくない方は下のボタンをクリックせずお進み下さい。

見ましたか?直腸は無惨な姿に、吻合部はバックリ口が開いてます。

この患者さんの他にも年配の方でやはり吻合部から瘻孔が出来て骨盤内に膿が溜まって、なかなかストマを閉じられない方も居ました。さらにJポーチの上の吻合部から瘻孔が出来膣へ繋がって膣から便が出る為、瘻孔を切除するもまた瘻孔が出来て膣へ繋がってしまうを繰り返している方も居ました。

この膿瘍ですがUC以外の方は絶食で治癒され膿瘍は消失するそうですが、一方UCの方は絶食で改善されるも腔は残り治りきらない為食事を開始すると再発していまいます。UCの方が良くなりそうな気がするんですが… そして患部が骨盤低で、そこでは毛細血管が少ない為栄養が行き渡りにくく、患部の周りが不良肉芽となり新しい肉が埋まりにくくなるそうです。

◆SALVAGE OPERATION(サルベージオペレーション)

サルベージ(Salvage Operation)とはつまりやり直しの事です。 初めてオペをするのに比べて非常に高度な技術が必要とされるそうです。 まず手の入りにくい骨盤低であり内蔵や生殖器への神経が張り巡らされて、その神経を傷つけてしまい排尿障害等になる恐れがある事が挙げられます。

管理人のケースではJポーチ自体は問題がありませんでしたので、Jポーチは再建せずそのまま使うとの事です。 もしJポーチを再建するなら新しい腸を下まで引っ張って来なければなりませんが、腸が長くてもその腸を取り巻く血管が下までおりて来なければ再建する事が出来ません。

楠教授は初めこのサルベージオペを1期で行おうと考えていらっしゃったようですが、検査を進めデータが集まるにつれて膿瘍の炎症部位が意外と広範囲に広がっていた為、1期で行うのは非常にリスクが高いと判断されたようです。 それでIBDチームの主治医が2期が3期のどちらかを僕に選択してもらうようにと指示されたようです。

どの様にリスクが高いかというと、手術部位に炎症がある為組織の癒着や境目等が分からずJポーチを上手く剥離できず損傷したり、神経を傷つけたり、膿瘍や不良肉芽部位を完全に切除出来ない場合があるからです。 特に神経を傷つけたりしたら不可逆、もう元には戻りませんから怖いです。

その説明を受け迷わず3期を選びました。 2期では炎症のある中患部を切除しJポーチを肛門管の吻合部から切り離し残存直腸も切除しIAAで吻合し直さなくてはならないからです。

3期では一旦ストマを造って患部の炎症が治まってから患部の切除などを行うわけです。そうすると患部の炎症もなく小さくなっている為、切除する部分も少なく他の部分を傷つける恐れや体への負担が減る訳です。

以前兵庫医大へ行った事があるのですが、そこでは回腸嚢炎の原因については一切指摘はなく内科治療だけで帰ってきました。 ある医師にその事を告げたら、それは多分嫌がったんだろう、僕らでも直腸をギリギリまで切除されたIACAなら嫌だからねと、言ってました。

僕はサルベージオペをするなら三重医大しかないと思っています。

◆回腸嚢炎入院歴

管理人の第1回目ストマクローズ後から回腸嚢炎と診断され、現在までの入院歴や治療内容、薬の副作用等など、まとめて紹介します。

H13年10月〜
祝ストマクローズ(IACA)。 クローズ直後肛門の痛みがり、波とともにかなりの痛さ。 仕事をする。 半年後便回数も7回前後に落ち着き痛みもほとんど消える。 睡眠時の漏便も減る。 調子がいい時は6時間以上トイレに行かないことも有り。 が、半年過ぎた辺りからちょくちょく肛門(吻合部)が痛むことも出てきた。
H14年9月〜H15年6月
とうとう回腸嚢炎と診断、入院。 入院3週間前くらいから肛門(吻合部)が本格的に痛み始める。 入院直前には38度前後の発熱有り。入院期間2ヶ月。 絶食・初フラジール。 退院後は経過はかなり良好で痛みはまるで無し、以前よりも調子が良くなった。ただ、フラジールの副作用で常に倦怠感がありいつも眠たいような感じでやる気が出なく、当初はこれが鬱なんだと思った程。 フラジールを切り様子を見るも、3月に入ると回腸嚢炎再燃。 自宅療養で何とか回復するもフラジールが効きにくくなる。 仕事中、目の前が急に明るくなり見えなくなることがあって、フラジールの副作用と気が付くまで相当焦った。
H15年8月〜H16年3月
CRP.9で頑張っていたが、2度目の入院。フラジールと絶食で回復するもまだJポーチに軽い炎症あり。 9月に兵庫医大に検査と治療を兼ねて入院。 そこで絶食と初シプロキサンと初ステロネマ。 これが良く効き退院。内視鏡検査結果◎。 が、1ヵ月半後には再燃し始め、CRP.11以上、血もジャバジャバでギリギリまで仕事をしてたが、あえなく12月に3度目の入院。 地元の総合病院で絶食とシプロキサンとステロネマで回復し始めるが食事を始めたその日からまた悪化、絶食になる。毎日鮮血便、激痛、モルヒネで回避するが副作用が辛い。 歩いてトイレに行く事も困難になる。 それでもムーンでパンパンになりながらも何とか2ヶ月間で回復退院。 退社した(自主的だが半クビ)
H16年4月〜H17年
毎日体調は思わしくないが、何とかギリギリ入院を免れている。リンデロン坐薬・ペンタサ注腸・ステロネマ・抗生物質を使い分ける。 リンデロン坐薬と抗生物質ははずせなくなりました。 働く気力無し。 17年終盤に三重医大第二外科医局に電話を掛け、三木准教授がでて下さって、2次的回腸嚢炎の説明を受け、いつか必ず行こうと決意する。
H18年
仕事をする。 11月7日三重医大へGOした。

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潰瘍性大腸炎の皆さんへ 回腸嚢炎(ポーチ炎) 管理人

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