潰瘍性大腸炎のみなさんへ回腸嚢炎

内科治療体験記

◆新しい仕事・それから・白血球除去療法

No'16

 それからはたいしたことも無く、また職探しを始め直し次に選んだのは生花の卸業者のバイトだった。運ちゃんをやってた頃はまる2日位寝ないで走ってた事もあったが(3日目位になると幻覚らしいものを見てた)。

 これはこれで生花の卸の仕事は結構大変で、普通は朝5時から夕方4時くらいまでだが、年末は朝4時前から、お盆時期は3時前から夜の9時頃まで働く。 キツイがそれなりに充実感もあり正社員にもしてもらい、プレも減り体重も減り、すべて順調に思えていた。

 働き始めて一年が経とうとする頃お腹を下す事が時々あり、プレは0.5m以下で、「まずいかな」と思っている間に下血が始まりだした。「このまま治らなかったら早めに入院して、そしてまたプレを多く使えば良くなるだろ。あまりプレを多く使うのは嫌だけど早期治療だ!」と簡単に考えていた。いよいよ悪くなり観念して入院した。

 絶食のプレ40mgで治療を始めたが一向に良くならず、体調もどんどん悪化し、薬すら飲めない状態にまでなった為60mgまで増やし、また個室に入った。トイレの回数は15回以上、痛みも酷く、痛み止めを1日6回は使っていたかも。それでも悪化していく為、初めて白血球除去療法をした。

 主治医から約6割以上の人に効くと聞かされていたが、自分としては微妙な数字だった。やり方は透析と同じで、肘の内側を通っている動脈に太く長い針を刺し、血液を白血球をろ過する装置に通し反対の腕に戻すものだった。

 針を刺してからろ過して針を抜くまでの時間は約2時間位、透析している他の患者さんは雑誌などを持ってきて呼んでいるがそんな余裕は無い。この2時間に痛み止めが切れないようにタイミングを合わせて打って貰っていざ向かうが、だいたい2時間おきにトイレにっていたため後半は我慢が出来ず、相当辛い状況に陥ってる。もちろん看護婦(師)さんは分かってくれているので、「我慢できなくなったら差込用のポータブルがあるから遠慮なく言って」と言われたが、透析室は広く明るく他の患者も多く仕切りのカーテンも無い。そんな状況ではとてもしずらいので、しょうがなく我慢した。何とか終わり病室に向かうが途中細かい段差でベッドが振動を受けそれがお腹に響く

 「うっ漏れそう・・・」

 2回の透析室から4階の病室までの移動が知らない土地でトイレを我慢して探している辛さだった。

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